人魚の眠る家の最後のシーンはどういう意味だったのか?
感想と考察をしてみました
とってもネタバレが含まれているのでご注意ください
この記事を見ているあなたはもう人魚の眠る家の映画や原作小説のラストシーンをみて
- 最後はどういう意味だったんだろうか?
- 東野圭吾はラストで何を言いたかったんだろうか?
と考えているんだと思います
もちろん作者の意図は分かりませんが私なりに考察してみました
↓映画のキャストやスタッフ情報はこちらです↓
映画 人魚の眠る家の登場人物と相関図。あらすじと原作。キャストの一覧とまとめ
人魚の眠る家のラストシーンを簡単に(ネタバレあり)
人魚の眠る家のラストシーンを簡単におさらいしてみましょう
人魚の眠る家のあらすじ
薫子と和昌の娘.瑞穂がプールの事故で意識不明になり、やがて脳死状態であると診断される。
水難事故で娘が脳死(脳は死んでいるが、身体は生きている)状態になった家族の物語です。
娘の脳死を受け入れられない母親は、娘を家に連れて帰り、周囲を驚かせる方法で介護を続け、娘の身体を生かし続けていきます。
瑞穂はプールでおぼれて脳死になる
幼なじみのいとこの若葉がプールにお気に入りの指輪を落としてしまって、瑞穂はそれを拾おうとします。
しかし、そこに不幸があって、瑞穂は意識不明の重体で病院に、結局脳死状態の判定を受けます。
その脳死状態になった瑞穂の世話を残された家族・両親がする、という小説(映画)です
人魚の眠る家のラスト。最後のシーン
そして問題のラストシーンは、脳死判定を受けていた瑞穂が最後に起き上がってありがとうと呟いたというところですね
今までずっと脳死状態で、瑞穂のお母さんの薫子は自分の娘を殺そうとまで考えていました。
それが最後に急に起き上がってありがとうと言う
でもそれは薫子の夢で、翌朝、瑞穂は亡くなるんですね
そして、宗吾の心臓が意味ありげに鼓動して終わります
【考察】ラストシーンはどういう意味?
ラストシーンがどういう意味かは私達読者が1人1人考えていくのが小説なのですが、
これは命の大切さを描いた物語だと思います
意識のない娘に対してどのような感情を、両親は持つか
すごく克明に描かれていますよね
人魚の眠る家のラストは切ない
ここで悩んだ末に臓器移植を決意した両親。
その瞬間瑞穂の体が一瞬動いたことにより延命措置を取ることにします。
その看護の中で、電気信号により動かない四肢を動かすことが出来る技術を取り入れます
意識のない娘がさも動いたように感じる喜びに浸りながらも看護を続けていました。
それはまさに延命の終わりを完全に見失っていましたね…切ない
人魚の眠る家は、本当に難しい問題をテーマにしたと感じます。
薫子の心が救われることに最後のシーンの意味はあるのでは
瑞穂が溺れた真実を聞いた薫子や、周りのみんなが何も言えない気持ちがすごく苦しそうでした。
最後に瑞穂が頑張ってお世話をしてくれた薫子に向かって起き上がって
ありがとうと言った姿にとても涙が溢れてしまいました。
薫子の心が救われた瞬間だったのでとても良かったと感動しました。
人魚の眠る家のその後は?
これは完全に妄想ですが、いかにも瑞穂の死が、宗吾の生とかかわりを持つような終わり方でしたね
これは小説ですし、オカルトというか、フィクションなので、そういった非科学的な描写が、とても意味ありげに機能します
信じられないけど、信じたい何かがある
生命の神秘はあるかもしれない。
奇跡はあるかもしれない
そういったことをかんがえさせられましたね
【人魚の眠る家のラスト】最後のシーンの意味とその後はどうなる?
人魚の眠る家の感想をラスト・最後のシーンにフォーカスしてお話しました
人魚の眠る家、映画も原作小説も、すばらしい作品です
ぜひ見てくださいね。
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